ヒューマン・スキルの道具箱 〜 タナカ La ジュンコ 〜

田中淳子(たなか じゅんこ)
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント。産業カウンセラー。
1986年、上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタルイクイップメントを経て、現職。
【著書】
『速効!SEのためのコミュニケーション実践塾』(日経BP社)
『はじめての後輩指導〜知っておきたい30のルール〜』(日本経団連出版) 他
【ただいま連載中!】
日経BPmobile ケイタイ朝イチメール(毎週月曜日配信)担当
「コミュニケーションのびっくり箱 〜Junko-in-the-box〜」連載中 (登録無料)
【田中淳子のつぶやき】
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「ネゴシエーション・スキル基礎」を公開講座で実施中です。
講義しながら、ふと思ったことがあります。
人間、交渉したいと思うことがあっても、最初の意思表示自体を躊躇することがあるかも、と。
たとえば、入院患者が、「毎日回診に来る医師が異なるので、誰にどう相談したらいいかわからない。今後の治療方針もいまいち理解できない」と思っている。見舞いに来た家族にもそれを伝える。患者も家族も、
「困るわねぇ、わからないのよ、どうなっているのか」
などと話す。
じゃあ、医師や看護師、あるいは病院の誰かにその「不安」や「担当医とちゃんと話したい」と意思表示したか、というと、「してない」ということがある。
たとえば、部下が、「オレ、こういう仕事に取り組みたいんだけど、任せてもらえないだろうなあ。うちの部門のミッションでもないし」とぶつぶつ言っている。「上司にその気持ちは伝えたの?」と尋ねると、
「いや、どうせ言っても無駄だし、ミッションじゃないと言われるのがオチだし」
と言う前からあきらめている。
たとえば、ある買い物をして、不具合があるような気がする。明確に不具合じゃないんだけれど、「変かも?」という程度に疑念がある。
「これさあ、買ったばかりなんだけど、不調なのよね。気のせいかも知れないけど」
「買った店に言ってみた?」
「いやあ、”そういう仕様です"なんて言われるかも知れないし・・・」
などと周囲には愚痴をこぼすものの、結局、アクションを起こさない。
・・・
例を挙げればキリがありませんが、まあ、とにかく、「意思表示」自体を躊躇することが多いのではないか、と思ったわけです。
「ネゴシエーション」(交渉)というと、「難しい!」と思う方が多いのですが、それは、「相手の言い分を聴いて整理して、互いに享受できる利益が大きくなるための創造的に話し合う」のが難しく、だから、その部分を研修でも扱います。けれど、そのもっと手前の部分で、
「交渉したい時、交渉すべき時、”私はこう思う””私はこうしたい”を意思表示する」
ことも大事なんですよね。
それは、スキルというよりも、「気持ち」の問題で、自分でその「躊躇」を乗り越える努力をするしかないのだよなあ、と思うのです。
勇気を持って、まずは、意思表示。
当社、9月末に新宿区へ移転します。(現在も最寄り駅は新宿ですが、住所は渋谷区なのです)副都心側にずれる感じです。
引っ越しに伴い、オフィスでは大量の荷物整理をしています。
そこで見つかった、以下の品々。
「コンピュータ入門」という、主に新入社員研修で採用される研修で見せるモノたちです。(以前、私も担当してました。)
*写真は、クリックすると少し大きくなります
●真空管、トランジスタ、IC・・・

「世界初の実用コンピュータと呼ばれるENIACには、●●個もの真空管があり、大きな部屋に設置され、云々」といった説明をしていたような(記憶が薄れています)
●8インチ、5インチ、3.5インチフロッピーディスク

「昔あったソノシートみたいなのが入っています」・・・という説明は、すでに「ダブル」で古い。
実際、VAX780かVAX750でコンソールターミナルからログインする際に、この大きなFDを使っていた記憶が・・(これまた、確信がないのですが)
●オープンリール磁気テープ

これはよく覚えております。新入社員の仕事として、システムディスクやユーザディスクのバックアップを毎週月曜日AMに行うことになっており、あの巨大で重いディスクパックを設置し、オープンリールをひっかけてバックアップのコマンドプロシージャを走らせる、ということをしていました。懐かしい。
・・・・・
今日は「懐かしい物品」をご紹介いたしました。
(※上記解説が間違っていたら、ご指摘くださいませ)
プロレスラーの山本小鉄さんがご逝去されました。
あまりに突然のことで、第一報を受けたときは、その場で呆然と立ち尽くしました。
実は、私が通っている上智大学社会人講座で小鉄さんとは机を並べています。(私が小鉄さんの左斜め前に座るのが定位置。私から見ると、右を振り返ると小鉄さん)
私は99年から通っていますが、コテツさんは、たしか2008年から参加されていたと思います。今は夏休みで、また10月から四ツ谷の上智大の教室でお会いする予定でした。
また、今週は、クラスメイト同士であるというご縁から、小鉄さんが私の勤務先・グローバルナレッジネットワークに来てくださって、1時間ほどお話をしていただけることにもなっていました。あと4日だーと皆で楽しみにしていた矢先の訃報です。
そういえば、数年前にお出しになった『人生大学プロレス学部』というご本には、クラスメイトが順番にサインをしていただいたことがあります。私の本には、大きく、
「思いやり」
と書いてくださいました。
「思いやりは大切だよ」と常におっしゃっていました。
インターネットであれこれNEWSを見ていると、鬼軍曹としての小鉄さん、新日本プロレスを立ち上げた小鉄さん・・・が数多く登場します。
が、私はプロレスファンではなく、その方面には全く詳しくありません。
上智大学の教室でご一緒した小鉄さん、何度も一緒に飲みに言った小鉄さん。そこで聞かせてくださったプロレスの思い出や若手の育成についての含蓄のあるお話。私にとっての小鉄さんは、プロレスラーではなく、一生懸命勉強する、大きなおじ様でした。
65歳を過ぎて大学に通い始めるにいたった心境や学びに対する想いなどもよく聴いていました。
「新入社員研修で講演していただけませんか?心に染みるこのお話を、若者に聞かせてあげたいです」
と冗談でお願いしたこともあります。
・・・
こういうクラスメイトとしての小鉄さんのことは、多分、人の目に触れることはないでしょう。
私は、今すごく動揺しているので、うまく文章にまとめられません。
お別れがきちんとできたら、その後、教室で共に学んだ小鉄さんのことを書こうと思います。
大きな身体で、教室の真ん中にちょこんと座り、真剣に受講していた姿を忘れません。多くの「思いやり」を持った、ホントに素敵なおじ様でした。
心からお悔やみ申し上げます。
合掌。
教室には必ず国語辞典を置いています。お客様先で研修を行う場合は、参考図書などと共に国語辞典をお送りし、やはり、教室の、目に付くところに置きます。
ワークの成果物を模造紙に書く、とか、手元の資料に自分の考えをまとめ、書きとめておくという時、ふと字がわからなくなることがあるからです。
すぐ調べられるように、という意図で国語辞典。
もちろん、講師である私(たち)も、研修中、わからない言葉が出てきたら、すぐにその時点で調べます。
グループディスカッションの終わりに差し掛かり、そろそろどのグループも模造紙に書き始めようか、というタイミングでこう声を書けます。
「国語辞典が置いてあるので、わからない字とか言い回しを調べたい場合は活用してくださいね」
すると、どっと笑い声が起こるのです。
「はい、わかりました」
ではなく、全員が爆笑するのです。爆笑と言っても、ニュアンスは苦笑い、照れ笑い。
いつでもどこでも、「国語辞典、ありますよ」と言う一声で笑い声が挙がります。
まず100%です。
講義中にどんなに笑いを取ろうと努力しても笑いにつながらないようなケースでも「国語辞典を」と言うだけで、どどーっと笑いが起こるのです。
ところが。
笑いが起こるにも関わらず、その後、その辞典を使って字や言葉を調べるか、というと、そこにはつながらないのです。
「○○、ってどういう字だっけ?」
「いいよ、カタカナで書いとけば」
「××、ってどんな字?」
「ケイタイで調べるから、ちょっと待って」
・・・
数歩歩けば国語辞典があるのに、ケイタイで変換するか、「平仮名、カタカナ」で済ませてしまう方が大半です。
日常の仕事は、とにかく、効率よく進めることが大事かも知れません。
でも、教室は、学びの場です。
もちろん、字を学ぶことが主たるテーマではないのですが、効率とか近道だけで「学び進める」のではなく、研修に参加している時くらい、「めったに引かないけど、辞書を使って調べてみるか」と考えてみるのもいいことだと思うのです。
スローライフ、という言葉が流行っていますね。
スローフードとか。
その言葉を借りるならば、
「スローラーニング」。
効率と近道ばかりを追求するのではなく、腰をすえて、ゆっくりゆったりと、辞書を引き、言葉の意味を深く考え、自分が表現したいことを他者と共有してみることも、学びが深まるきっかけになるはず。
(それに、部下や後輩にはこう言っていますよね、きっと。
「わからないことがあったら、まずは自分で調べなさい。マニュアルもあるんだから。すぐググって答えだけ探すのは自分のためにもならないよ」・・・なんて。)
スローラーニング。
我ながらいいネーミングだと思うのだけれど、ダメですか?
「わくわくヒューマンスキル」第59回 UPされました。
森美緒 執筆 「関わることの楽しさ」です。
ぜひお読みくださいませ。
このコラムに登場するバンドが「どこか」を当てられる方は、かなりの通だと思います。
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さて、今日のブログ記事です。
グループワーク中心の研修で、最近、新しいワークを思いつき、何度か実施してみましたが、予想以上に効果的だったのでこのブログで公開します。(ナイショにするほどのことでもありませんし)
グループ内でのメンバの立ち位置というのは、難しいもので、最初に発言すると「目立ちたがりと思われるのではないか、異議を唱えたら、「腰を折るヤツだなあ」とにらまれるのではないか、など、不安が心に渦巻いてしまうものです。
互いが初対面同士という公開コースだけではなく、一社向けの研修でも少なからずそういう気持ちが湧き上がってきてしまいます。
やはり、日本人は、「空気を読む」「周囲をよく見る」というのが得意なので、どうしても、「人は人、私は積極的に発言するもんね」「おかしいと思ったら、すぐ疑問を呈するもんね」とはならないのですね。
そこで。
研修の早い段階でグループメンバ同士で知り合う自己紹介をする際、名前、仕事内容、立場、参加目的などを共有した後、1つワークを追加してみました。
白紙1枚とマーカー1本を手に持ち、
「私はコレでチームに貢献します」
を1つだけ書いていただくことにしました。
それだけではなく、全員書き終わったら、メンバに対して、
「私はコレでチームに貢献します」
と宣言していただきます。
このワークをここ1ヶ月ちょっとあちこちの研修で実施してみているのですが、予想以上に効果的なのです。
宣言される内容は、以下のようなものです。
●「私は、最初に発言します」
●「私は、雰囲気を和らげます」
●「私は、まとまらなくなった話をまとめる努力をします」
●「私は、タイムキーパーをします」
●「私は、発言に対して拍手をします」
●「私は、ご用命とあらば、皆さんのお茶を買ってきます」
・・・・
これを最初に宣言しておいていただくと、「宣言したんだし、最初に発言してもいいよね」「宣言したんだから、最初に行動を起こして当然だよね」という気持ちになるようです。
2日以上の研修の場合は、2日目にも「あなたが宣言した貢献項目はなんでしたか?」と思い出していただいてからワークに入ります。
これ、きっと、プロジェクトのキックオフミーティングでも使える方法だと思います。
●「私は、疑問があったら、躊躇せずに尋ねます」
●「私は、宴会部長を務めます」
●「私は、火消しをやります」
などなど。
お試しあれ!
新入社員が、「ガチで」とか「まじで、ヤバイ」といった言葉遣いを職場で使うので、注意しているのだが、なかなか直らない、という話を聞いたのは、昨年です。
「ガチ」という表現そのものが、その時点では旬だったようで、今年は、まず「ガチで」という言い方自体をほぼ聞かなくなりました。
とはいえ、「ガチで」のような、その時々の若者言葉、話し言葉を、職場での、それも真面目な会話中に使ってしまう若手社員はたまにいるものです。
頭ごなしに注意しても、「それが職場にそぐわない」と気づいていないか、あるいは、そもそも自分がそういう言葉を遣っていることすら自覚していないこともあります。
こんな例があります。
先輩:「あのさー、まじっすか、って何度も言うけど、感じ悪いから直したほうがいいよ」
後輩:「おれ、そんな言葉遣ってないっす」
先輩:「その”っす”ってのも、一部だけどね」
後輩:「そうっすか」
・・・・・・・・
ちょっと脚色してますが、まあ、こんな会話、ありそうでしょう?
言っているのに気づかない、悪いとも気づかない、となると「やめなさい」「表現を変えなさい」では対応できないと思うのです。
ではどうするか。
「私、そのまま真似してみることにしました。」というベテランさんに会いました。
後輩:「これ、まじっすか?」
先輩:「まじっすね」
後輩:「ヤバクないっすか?」
先輩:「ヤバいかもしれないっすね」
・・・・
こうやってひたすらリピートしていたら、そのうち、後輩が気づいて、徐々に「若者言葉が減ったとか。
他人に言われ、自分の耳に入ってきた時、初めてその言葉を「客観的」に捉えられたのかも知れません。
これを、
「若者言葉撲滅!オウム返しの術」
とでも名づけましょう。
最近、気づいたのです。自分のことですが。
グループミーティングなど会議で誰かの「それでいいですね?」「こういう風になっているので、よろしく」などと同意や確認を求める発言があった時、メモは取っているものの、あまりわかりやすい反応をしていないことに。
うなずくならまだいいほうで、ただ、メモを取っている場合もたまにある。(だから、聴いてはいるのですが、「わかりました」の反応を言葉で返していない)
これ、話し手からしたら、「聴いてんのか、聴いてないのか、はっきりしろ」と思うのではないか。
たとえば、上司が、
「○○の件、今週はこうこうこうなりますので、よろしくお願いします」
と言ったとします。
それに対して、声を出さず、「うんうん」とうなずくだけ、ってやはり、感じ悪いよなあ。と。
1対1なら、当然、「はい」というわけです。
が、聴き手が私を含め大勢いると、ただうなずくだけになってしまうことが多い。(私だけじゃなくて、他の参加者も同様にうなずくだけ。)
そこで、先々週くらいからちょっと意識して始めたのが、まずは、「はい」と返事をすることです。(いやあ、新入社員研修でも教えていることなのにね、お恥ずかしい)
「はい」と返事をすると、話の区切りもつきやすく、会話にメリハリが生まれますね。
さて、皆さんに質問です。
皆さんが参加される打ち合わせや会議で、誰かが確認を求めた際、「はい」と返事をしていますか?
声に出して、
「はい」
ですよ。
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田中のTwitter:
http://twitter.com/TanakaLaJunko
★IT業界からのフォロアーがなぜかとても増えました。あと、子育てつながりもあります。
研修の場に「ミンティア」または「フリスク」をお持ちになる方が何パーセントかはいらっしゃいます。
アンケートには「休憩が適度に入り、眠くならなかった」とか
「眠くならない工夫があった」とか、そういう記載もよくみかけます。
講師としては、もちろん、ありがたいコメントです。
しかし、一歩、踏み込んで、このアンケート結果を読むと、受講される方の前提に「研修というのは眠くなるかも知れない」という考えがある、ということがわかります。
「眠くなるかも知れない」と思っていないなら、事後のアンケートに「眠くならなくてよかった」とは書かないと思うからです。
ということは、多くの人にとって「研修は眠くなる」という体験が過去に少なからずある、ということではないでしょうか。
それは、研修を提供する側としては由々しき問題というか、心しておかねばならないことだと改めて思います。
眠くなるのは、大抵講師の責任です。
眠そうだなあ、と感じたら、何かこちらがアクションを起こすことで、眠気を散らすことは出来ます。それをやらないのは講師の怠慢です。自戒とこめて、そう思います。
20代の頃、気づいたら教室の大半の方が「白目」を向いていたことがありました。オトナなので、突っ伏して寝るようなことはしない。顔を上げていようと努力する。でも、まぶたが落ちそうになる。必死にこらえる。その結果、大半が「白目」。
シュールな光景でした。
若くてスキルも足りなくて、対応できず、とりあえず、「休憩」にしました。
・・・
「眠くならなかった」というネガティブなものではなく、
「楽しく学べた」「前向きに参加し、気づきが多かった」といった感想をいただけるよう、精進しなければなりません(再度、自戒をこめて)。
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アルコール消毒ジェルなどで眠気を取る、とおっしゃる方もおいでです。
いろいろな工夫がありますね。
前にこのブログで書いたように、受講者の皆さんもどんどん歩き回ったり、立ち上がったり、「自律」して学習してただけるとよいと思いますが、まだまだ日本人には、そういう欧米流の受講スタイルは抵抗があるようです。
今日は涼しい! なんと最高気温予測が30度程度らしい。
なんとなんと過ごしやすいのでしょうか。
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同僚の高橋俊樹が20ページの寄稿をした本が出版されました!
人事部向けの本です。
高橋が担当したコーナーは、「人事部に求められるコミュニケーションスキル」で、面談での聴き方、伝え方、その他上手なコミュニケーションの取り方を具体例とイラストを交えて書いております。
ぜひ、ご一読くださいませ。
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これを読んで思ったこと。
ちょっとしたスキル、コツを知っていると知らないとでは、対人コミュニケーションにおいての振る舞いがずいぶん大きく変わるだろうなあ、ということです。
誰でも「使おうと思えば使える」スキルは、敬遠せず、まずは、学んでみるのって大切だと思います。
最近は、まず、Twitterでさんざんつぶやき、それで古い記憶をたどったり、ある出来事と別の出来事の結びつきを再確認したり、新しい気づきの整理をしたりしています。
そこで気づいたこと、思い出したことを元にして、ブログを書く、という二重構造です。
なので、Twitterをフォローしてくださっている方には、ブログ内容が多少「デジャヴュ」な印象を与えるかも知れませんが、140文字とこのブログとは表現が異なりますので、ご容赦くださいませ。
さて、本日は、昨日の夜、つぶやいていた「成人学習」について。
1990年米国DEC本社のトレーニングで受けた研修を元に日本で開発した「トレイン・ザ・トレーナー」。
日本語訳→さらにローカライズ(日本の文化に合わせて変更)→開講
という流れで製品化したものですが、英語を日本語に変えるだけでなく、箇所によっては、そのままカタカナ語で表現した記述も残してあります。
第2章「成人学習」・・・。オリジナルでは、”Adult Learning"と記載されています。
今では、「マルコム・ノールズ」(マルカム・ノールズ)と言えば、大体通じるかも知れませんが、20年前ですと、日本でわかる人はいませんでしたし、「成人学習」という表現も耳慣れないものだったようです。
新規コース開発をしてから、営業向けに説明会を開いたり、個別に営業担当者に「こうやって売ってほしい」というお願いに行ったりすると出てくる質問に、
「ねぇ、ねぇ、”成人学習”って何を教えるの?」(ニヤニヤ)
というものがありました。
まあ、もちろん、冗談交じりではありますが、「成人学習」という響きに何か特別な想像をしてしまう人が多かったように思います。
さらに、後半の章には、「AV」という表現が出てきます。これまた今では、Audio Visualの略だと、誰もがたぶん、知っている、わかるはずですが、「AV????」とにやにやされることもまた多々あったものです。
アメリカで受講してきた時、「この研修はスゴイ!日本語化せねば!」と決意し、日本に持ち帰ったのですが、日本語化していよいよ日本企業に売り込みに行くぞ、という段階では、こういった耳慣れない言葉に戸惑う営業が多く、しかも、妙に「ニヤニヤ」されてしまうので、根本からの説明にずいぶん時間を費やしました。
それにしても。
20年前のUSのコンテンツにすでにノールズが載っていたというのは、やはり、画期的な気がしなくもありません。日本の教育学の教科書でまだ見かけなかったのではないかと思います。(記憶はだいぶ薄れているので、自信ありませんが)
あれから20年。
いまは、「成人学習」「Adult Learining」という言葉を聴いてにやつく人は皆無になりました。
隔世の感がありますが、「成人」の「学び」という領域、考え方がある、と広く理解されたことは、人材教育の分野で大きな進歩だと思います。
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冒頭で述べましたように、最近は、Twitterでの発言のほうが先行しています。
その中で出てきたことや他の見知らぬ方たちとのやり取りで気づいたことをブログネタに転化(うまくいけば、昇華)させております。
よろしければ、Twitterもフォローいただければと思います。
http://twitter.com/TanakaLaJunko
★フォローだけして、全くつぶやかない主義の方も案外いらっしゃいますね。「見ているだけ」が好き、ということらしいです。
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★横山哲也「千年Windows」
★営業部「走れ!とんがり君」
★「なんてったってeラーニング」
●連載してます
★「おさえて安心 ビジネスマナー100」
(森美緒、岩淺こまき 執筆)
★「コミュニケーション・スキル:聴く力と話す力を磨く!」
(高橋俊樹 執筆)
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